翻訳について・お知らせ

その翻訳、大丈夫ですか?

 何気なく読んでいる文章に外国語の影を感じたことはありませんか?翻訳の日本語に、読みづらさや不自然さを感じたことはないでしょうか。
 翻訳でなくとも、何かを書いて人に伝えるということは、案外難しいものです。日本語を母国語とする書き手の日本語であっても、常に読みづらさや不自然さを帯びる可能性があります。文章の読みづらさや不自然さは翻訳に限ったことではありませんが、その一方で、その理由として翻訳独特のものもあります。
 英日翻訳を例にとると、ご存知のように、主語と述語のみの構文は別として、目的語や補語などの別の要素が入っている場合、日本語と英語とでは順序が違います。基本的には文法上の一定のルールに従って英語を日本語に訳しますが、ただルールに従うだけの翻訳は機械翻訳です。今の時代、それ以下になることもあるかもしれません。そのままでは日本語としてはバランスの悪い文が出来上がることが多々あります。
 きちんとした翻訳の前提は、目標言語(翻訳後の言語)が起点言語(翻訳前の言語)で書かれた内容を正確に表現したものであり、読んだ時に自然な表現や文章になっていることです。ここで問題なのが、「自然な」という単語です。翻訳品質の基本的条件を説明した文章には、この「自然な」、〈natural 〉という単語は必ずと言っていいほど出てきます。どのような表現や文を自然な日本語と感じるかは、読み手自身の文章に対する感覚によって左右されます。世の中で必要とされる翻訳の役割は多種多様で、機械翻訳で十分だと感じる方から言語表現にある種の哲学を求める方まで様々であろうと思われます。
 さて、ここに英文とそれに対応する訳文が(1)~(3)まで3組あります。3組目については、どちらの訳文が読みやすいでしょうか。

(1) They gathered to discuss the problem,
彼らはその問題について話し合うために集まった。

(2) The people who had rejected the offer gathered to discuss the problem and the approach toward solving it.
その申し出を断った人々は、その問題とその問題を解決する方法について話し合うために集まった。
(3) The man insisted that the people who had rejected the offer gathered in the meeting room on September 8th to discuss the problem that had been left unsolved for many years and the approach toward solving it.
a. その男性は、その申し出を断った人々が、長年放置されていたその問題とその問題を解決する方法について話し合うために、9月8日に会議室に集まった、と主張した。
b. その男性の主張によれば、その申し出を断った人々は9月8日に会議室に集まり、長年放置されていたその問題とその問題を解決する方法について話し合った。

 (1)と(2)の英文は、英語と日本語の文法上の特徴を踏まえて一定のルールに則って訳すだけでも普通に読むことのできる訳文が仕上がります。これに対し、(3)の英文は、(1)や(2)と同じように訳したものが a.で、読みやすい思考の流れを重視して作文しているのが b. です。私個人としては、b. の方が圧倒的に読みやすいのですが、和訳の基本ルールをなるべく守るという方針のもとでは、a. をよしとする場合もあるようです。
 (3)の英文は、それでもまだ(1)や(2)と同じように訳すことのできるギリギリの分岐点と考えることもできますが、文がより複雑になってくると、内容の理解とそれに伴う日本語の発想の柔軟性と作文力が重要になってきます。
 a. とb. の選択の間には様々な意味で分厚い壁があります。皆さんはどのようにお考えになるでしょうか。

 単純なようですが、本サイトでは、読みやすい日本語がよい翻訳であると考えています。特別な場合を除いて、語順のルールにこだわる翻訳は英語に引きづられた日本語でしかありません。よい翻訳は、英語で書かれた内容を正確にとらえつつも、まったく英語の影を感じさせない、日本語独自の世界観を持つ文章であるはずです。